1.私の好きな所 私の好きな所は中学校だ。そこには私のいろいろな思い出がある。特に、私と深く付き合った友達の物語だ。 私は内気的な性格ので、あまり他人に話し掛けなかった。外向的な彼女に会った後、私の人生が変わったと言える。人生態度も積極的になる。 気立てが明るい彼女はいつもにこにこしていた。それに対して、私はいつも気持ちがふさいで、誰も私のことなど気に掛けてくれないだろうと思っていた。しかし、彼女は私を仲のよい友達として気に掛けてくれた。彼女は私がいつも一人でぼやぼやしているのに気をつけた。「周さん、どうして自分だけいて?一緒に遊ぼうよ。」と彼女はいった。彼女と付き合っているうちに、私たちは親しくなった。私たちはよく自分の秘密とか考え事とかを互いにかわち会った、学習の上で私たちも互いに教え合った。同時に、高校に入った。 私は彼女から友情というものがわかる。人間に欠点はつき物だ。完全無欠の友人を探しても、決して理想どおりにはいかない。われわれは自分の欠点は棚にあげて自分を愛しているのだから、友人も自分同じに愛すべきだ。 でも、月日がすぎるのは早い、もう昔に戻れないから、昔をしのぶだけだ。そんな清らかな友情はいまはもう求められない。 もし、もう一度チャンスがあたえられるなら、私は時間を後戻りさせたいと思う。 2.どれがいいですか 結婚するならどんな人がいいか?私はやさしくて人柄もよい人が一番いいと思っている。 結婚するのは家庭を作るということだ。夫婦の間では互いに尊重することが重要なのだから、相手は優しい方がいいと思う。私は結婚するなら、主婦になりたくなく、夫に理解してくれたいので、道理をわきまえない人にあうなら、結果が大変だ。人が生きている事で辛いことは、仕事が辛い事でも生活が苦しい事でもない。大切な人の気持ちを理解できない事だ。 結婚した後の生活と独身の生活は全然違う。自分の生活だけでなく、両方の両親を養うべきだ。家庭の支えとして夫が向上心と能力があることが最も大切なのだ。そして、男女の家柄がつりあうことだ。でも、貧しいにしても、豊かにしても、努力が何よりだと思う。 それに、私はきれいな人が好きだから、将来の夫がハンサムほしいだ。それなら、自分の子供もきれいだろうと思う。それ以上は私の理想の相手だが、将来にどんな人に出会うのは知らない。でも、人間の夢がいろいろだが、そんな人に会うのも私の一つ夢だ。夢をつかむために、私も自分の能力が向上したいと思う。 とにかく、性格も人柄もいい人と結婚した方がいいと思う。 3私の趣味 私には大切な日記達がある。子供両親にさまさまな絵本を読んでもらったことは、私は読書好きへとつながっている気がする。幼稚園に入る頃から、私は読むことにかえて書くことにも興味を持った。それが、私の日記のはじまるだ。 そのときあまり字が書けないから、絵日記だけ毎日書いている。毎日の出来事を両親に話しながら、真っ白な自由帳をうめていく事がただ楽しい。 学校に入ると、読む本にはだんだんと字が増えてきた。読書の時間が一人の時間になり、日記を書くことも一人で楽しむようになった。親に甘えない自分というのは少しさびしいのと同時に、大人になったような心地良さも感じていた。 昔の日記を読み返していたとき、さまさまな思い出がある。子供ごろから自分が将来に作家になりたいと思う。今は日本語を勉強しているから、翻訳家になりたい。時間は経った、たくさん事は全然違うの感じがある。読むことも書くことも、真面目から向き合うのは大変だが、生きることとなったら、それはさらに難しくなる。過去の記録や記憶としての自分でも、未来の夢として自分でも、変化が必ずしも進む続けるわけではないのだから、全ての道のりが、私の力になるはずだ。 私にとって、文字が消えても、日記と生きた大切な時間は決して消えないのだから。 4今までで忘れなかったこと 私にはとても忘れないことがある。私は、ある人に「ありがとう」と言われたことで、親切というのはこんなにいいことなんだと教えられた。 私の家の近くに、もう八十歳くらいになるおじいさんが住んでいた。そのおじいさんは、奥さんを亡くし、介護の人がたまにその家のおじいさんのところに訪れていた。 おじいさんの寝ているベッドは窓の近くにあり、おじいさんはいつも外を一人で楽しそうにいつも見ていた。私はその家の前をよく通る。すると、おじいさんはいつも笑顔で軽く頭を下げて、あいさつをしてくれた。 ある日、私がいつものように家の前を通ると、おじいさんは窓の方を向いていなかった。私はとても不思議に思いながら、学校に行った。私は気になってしょうがないく、帰りに寄ってみると、やっぱりおじいさんは窓を向いていなかった。 私は、ふっと思った、前におじいさんと話していた、おじいさんは「お花が好き」と言った。おじいさんの寝ているベッドのすぐそばには花壇があり、そこにはいつも花が咲いていた。しかし、今は誰も手入れをしていない。雑草がたくさん生きてきてしまっていて、おじいさんの好きな花がなかなか見当たらない。私は急いでカバンを家に置いて、花壇に行き雑草を抜き始めた。夕方になった頃、ほぼ抜き終わり、おじいさんの好きな花が見つかった。私はおじいさんの笑顔を見て安心した。 でも、次の日、私は家に帰り、おじいさんの家の前まで行った。介護さんだけいた、おじいさんはなくなる前に、私にこういってなったそうだ。「あの子に、ありがとうと伝えてくれ。」 私は涙が止まらなかった。 本文来源:https://www.wddqw.com/doc/0a67223c87c24028915fc3ec.html