中国与日本的共生之路 中国と日本,共生への道 如今的中国,机械加工等领域的基础技术的进步速度越来越快。仍在华日资模具厂商学到技术的人员自己创业,然后再培训公司职员——依靠这种连锁反应,越来越多的人学到了日本技术。另一方面,在汽车等领域的尖端技术方面,日资汽车厂商也开始着力与中方建立合作关系,向中方提供最前沿的技术。而且,在一直落后的生产技术和维护服务等管理技术方面,中国也大踏步地赶了上来。总之,中国很有可能迅速掌握上述三方面的技术。反过来,日本在基础技术方面的趋弱则令人担心。眼下最重要的是建立一个可以确保中日双方弱势互补、对等交往的网络体系。 中国では今,機械加工などの基盤技術の整備が急速に進んでいる。中国に進出した日系金型メーカーから技術を吸収した人が自ら起業し,社員を教育するという連鎖反応が起こっていて,技術を手にした人の層がどんどん厚くなっている。一方,自動車などの最先端技術についても日系自動車メーカーは本腰を入れて提携関係を結び,最先端技術の供与に乗り出し始めた。さらに,中国はこれまで苦手と見られていた生産技術やメンテナンスサービスなど管理系の技術についても急速にキャッチアップしつつある。いずれ中国はこれら3種の技術を集積する可能性が高い。翻って日本では,基盤技術の弱体化が心配されている。両国の弱いところを補完しあい,対等な立場でのネットワークを構築することが重要である。 11月27日晚上,笔者坐在客厅的电脑前写《产品制造国家战略思想》的读后感。当写到“这里值得注意的是,亚洲各国是否能接受象征着日本强盛的‘产品制造’”时,笔者停了下来。这时笔者在想:他们是不是不会接受啊,或者说这种想法有些傲慢? 先週の日曜日(11月27日)の夜,自宅の居間にあるパソコンに向かって『ものづくり国家戦略ビジョン』を読んだ感想を書いていた。「ただここで気になるのは,日本の強さの象徴のような『MONODZUKURI』という言葉をアジア諸国が受け入れてくれるのかという問題である」と書いたあたりで,筆(キーボードを打つ手)が止まった。受け入れてもらえることなどありえないのではないか,傲慢な考えではないのだろうか,と。 日本老金属模具技术人员的忧虑 老日本人金型技術者の憂鬱 正当笔者的手停在键盘上不动时,家人正在看的娱乐节目刚好结束,接着NHK的特别节目开始了。屏幕上出现了“产品制造业者的攻防~日本VS中国~”这样的片头。家人刚要换台,笔者赶紧拦住,目不转睛地看了起来。镜头对准的是《日经制造》记者木村曾介绍过的中国无锡市的一家金属模具厂。 キーボードに手を置いて固まっていると,家族たちが見ていた娯楽番組が終わり,NHKスペシャルが始まった。「モノづくり職人たちの攻防~日本VS中国~」というタイトルが画面に躍る。番組を変えようとする家族に頼み,画面に見入る。日経ものづくり誌の木村記者も紹介しているが,中国無錫にある金型メーカーをカメラは追跡する。 创立5年后,该模具厂员工已达300名,厂长原来在一家日资模具厂工作。在那里跟日本技术人员学到技术后,就自己开了这家公司。而且,还带走了大约30名该日资模具厂受过培训的员工…… 設立5年で従業員300人の企業に成長させた,その金型メーカーの社長は,もともとは中国に進出している日本の金型メーカーに勤めていた。そこで,ある日本人技術者に技術を学び,会社を起こしたのである。しかも,その日系金型メーカーで教育を受けた30人ほどを引き連れて…。 镜头中还有日本老技术人员悉心传授但最终仌辞职而去的中国年轻人的特写。“仍某某日本人师傅那里学到了的所有经验,感觉非常充实。” カメラはその老技術者が特に目を付けて指導したにもかかわらず一緒に辞めて行った中国人の若者の顔をアップにする。「○○先生には先生が持っていた経験のすべてを教えてもらいました。今は,とても充実しています」。 而日本人师傅却苦涩地说:“感觉给人背叛了。那种气愤恐怕只有教过的人才能体会得到!”不过,不管多少人辞职,这位老技术人员现在还在一如既往地向中国人教授模具技术。“虽然也想过不教了,不过还是要坚持教下去。” 一方の日本の先生は「クーデターみたいなものでした。その憤りは実際に教えたものにしか分からないでしょうね」と渋い顔だ。しかし,何人に辞められてもその老技術者は今でも中国人に金型技術を教え続けている。「教えるのを止めようと思ったこともあるが,とにかく前向きにやっていくしかない」と語る。 同时还播放了一位十年前就已进入中国的日资模具厂商社长为在华业务而奔波的画面。花了好几年时间好不容易培养好的中国人,在这10年中就有600人辞职离去。他们一家接一家地创办竞争工厂,以至于被抢去了业务。“业务虽然有,但却真像是战国时代。不过,只能在中国做,别无退路”,这位社长说道。 10年ほど前に中国に進出した日系金型メーカーの社長が必死に中国国内を営業して回る様子も映し出された。何年もかけて金型技術を教え込んだ中国人がここ10年で600人も辞めていったという。彼らは次々にライバル・メーカーを設立,仕事まで奪われている。「仕事はあるが,まさに戦国時代。でも,中国でやるしか帰る場所はないんです」とその社長は言う。 本文来源:https://www.wddqw.com/doc/a3134a1dfad6195f312ba6e3.html